不眠の唄
*1日目* ボクはお母さんに訊いたんだ。 「今日の夕飯なぁに?」 料理中のお母さんはボクの方に振り返って言った。 「今日は豆腐ステーキよ。」 豆腐ステーキってなぁに? ステーキって、牛肉を焼いたものじゃないの? こんにゃくステーキって聞いたことあるかも。 そんなものがあるのなら、僕たちが普段「ステーキ」と呼んでるあの物体は「牛肉ステーキ」って呼ぶべきなんじゃないの? だいたいステーキって何?英語?フレンチ?すぱにっしゅ? スペルが分かんないから調べようもありません。 ああ、エスティーイーエーケイ(steak)で英語かな? 焼き肉用厚切り肉。 豆腐もこんにゃくも焼き肉用なんかじゃないし、厚切り肉でもないよ。 厚切り豆腐に厚切りこんにゃく。 それでもアレをステーキって言うの? それにね、豆腐もこんにゃくも日本の食べ物だよ。 ステーキなんて外来語使うの間違ってるのさ。 ただの焼き豆腐に焼きこんにゃく。 そう。 今ボクの目の前に並んだお母さんが「豆腐ステーキ」と呼ぶ物体は、「焼き豆腐」なんだ。 「美味しそうだね、この焼き豆腐。」 ボクがそう言うとお母さんは苦笑いして言った。 「バカね、それは豆腐ステーキって言ったでしょ。」 お母さんこそバカなんだ。 これには「焼き豆腐」って名前が一番合ってるのに。 それからボクは思うんだ。 ステーキについて考えたからついでだけど。 「和風ステーキ」ってあるじゃない? アレって変だよね。 和風だなんて。 ただ単に、大根おろしとか乗ってるだけだもん。 大根が和風? もう、だったら「ステーキ」なんて言葉やめちゃえば良いんだよ。 ただ肉を焼いてるだけじゃないか。 「焼き肉」だと他の食べ物とかぶっちゃうから、「肉焼き」にすればいい。 だって、ボクは日本人。 「和風ステーキ」だなんて気取らなくたって良いじゃないか。 「どうしたの?早く食べちゃいなさい。」 そんなことを考えていたらボクの箸はいつの間にか全然動かなくなってた。 「ごめんなさい。ちょっと考え事してたの。」 そう言いながら、ボクは焼き豆腐と格闘した。ボクは箸が上手くは使えないんだ。 「何を考えていたの?」 お母さんが言った。 「ちょっとね、ステーキのことだよ。」 お母さんは、ふぅんと鼻を鳴らして後には何も言わなかった。 ボクのステーキについての考えはなかなか面白いと思うのだけどね。 どうやら、お母さんは興味がないようだ。
*2日目* 真っ暗な夜中、丑三つ時に私はベランダに出て待ってた。 虫が寄りつかないように部屋の電気を消して、ずっと空を見ていたの。 前ね、授業で習ったの。 長い時間空を見ていれば流れ星が見えるって。 お願い事したかったの。 だからずっと起きてたの。 流れ星が消えるまでに三回お願い事をしたら、願いが叶うの。 でも、誰にも見られてはいけなくて。 だから丑三つ時を選んだ。 なんだか、不気味で願いも叶いそうだしね。 とうとう見てしまったの。 流れ星一粒。 あんまり綺麗で言葉が出てこなかった。 それにそんな短い時間でお願い事なんか出来ないし。 綺麗な流れ星。 すぐに消えちゃった。 でも私は知ってるんだ。 流れ星は見えなくなっただけで消えてないの。 だから、まだお願い事出来る。 ところが言葉が出てこない。 どうして? そう。 私は思いだした。 私のお願い事「流れ星が見られますように」叶っちゃったね。 どうしよう、折角のチャンス。 これを逃したら勿体ない。 だから両手を組んで新しいお願い。 「もう一度流れ星に逢えますように。」
*3日目* 今日、数学の先生に怒られた。 授業中寝ないでって言われた。 だけどボクはまた明日もきっと寝るよ。 だって、数学って面白くないんだもん。 方程式とかって、結構好きだよ? でもさ、そんなのやれば出来て、簡単過ぎでつまんないじゃないか。 少しやれば出来ることなんか、やって楽しい? ボクはヤダ。 そんなのより、寝てるフリしてもっともっと難しいこと考えてる方が、時間が有意義に使えると思うのだな。 もちろん、ボクは正しい事をしているなんて思ってないけど。 そんなに悪いことでもないよ。 ボクはわからないんだ。 何で1+1=2なの? 電卓でやっても、そろばんでやっても、どうやっても1+1=2なの。 でも、ボクの頭の中では1+1=0、もしくは1+1=1なんだ。 ダメかな? 全ての数字はきっと0に還るの。 元々数字は零だったんだ。 いや、数字自体も存在しなかったの。 ボクの中では存在しない=0だから。 きっとどんな大きな数字を足し合わせても答えは0。 ああ、でもね、1かもしれない。 粘土の固まり同士を足し合わせてこねたら1になっちゃうしね。 ボクの考えるところはそんな事じゃないけど。 地球は、1つから始まったでしょ? だからその中にいるボク等は一塊りなんだよ。 つまりね、地球上のどんな物体も足し合わせて何をしようと、1になっちゃうんだ。 でかいスケールで考えればね。 もっとでかいスケールで考えたら宇宙が1だよ。 あ、あとはね。 個人的に3でもあると思ってる。 ボクとあの子を足し合わせてしばらく経てば、ほら・・・いつの間にか3になってるでしょ? ちょっとボクの考えたいコトと違うんだけど。 まぁ、そんなのもアリだよね。 とにかくね、数学みたいに答えを決めてしまう教科ってあんまり好きになれないな。 もちろん、ボクが頭の中で答えをマニュアル通りに決めちゃえば、数学くらいできるよ。 でもさ、そんなのつまんないじゃないか。 そうやって言ったら、数学の先生が言った。 「そんなことまで考えれるのって、頭が良い証拠だよ。だから、頑張って勉強して昔の数学者さん達の考え覆したら?」 なるほどね。 そういう考え方もあるわけだ。 1+1=また違う形の1になってしまった。 全く、数字ってヤツは不思議なんだね。 ボクはますます数字に魅せられそうだ。 一体、1+1はいくつなんだろうね。 数学の先生は、ボクのことを「これからが楽しみな子」と言った。 ゴメンね、期待は裏切っちゃったけど、これだけはちゃんと自分が納得いくような答えを出してからくたばろうと思ってるから。
*4日目* 今日もお日様が顔を出しすぎるような晴れだった。 お日様には少しくらいは遠慮というのも必要でしょ? こんな寂しくて悲しくてどうしようもない日。 晴れだと、夜は静かなの。 眠れないね。 全然眠れないの。 もうとっくに丑三つ時なんて過ぎてしまったのに。 凄く眠い。 凄く凄く眠いよ。 もうとっくにみんな寝ている頃なのに。 私だけ、こうやって起きていて。 どうしてみんなこんな静かな夜に眠れるの? 土砂降りの雨が欲しい。 家が崩れそうなくらいの土砂降りで、雨が窓を叩く音が痛いくらいに聞こえて、それから洪水が起きて街が崩れて行くくらいの。 誰も何もわからないままに街が崩れて行くの。 愉快ね。 それならきっと私も眠れる。 眠気はある。 お昼にうたた寝くらいはするの。 だけどそんなので人間は生きては往けないでしょ? きっと、朽ち果てて枯れてミイラみたいになって死んでいくの。 土砂降りは私の上でしか起こらず、街を大崩壊させるような洪水なんて、見たこともないけどそれでも私は待ってるから。 土砂降りの雨よ降れ。 まだまだそれじゃあ全然足りない。 私は沈んで、溺れるのも解らないくらいのスピードで眠りたいの。 屋根を鳴らすだけじゃ足りない。 窓を叩くだけじゃ足りない。 でも今日もお日様が出てる。 雨、降る様子ナイね。また起きてなきゃいけないね。
*5日目* 不意に思った。 ボクは何処から来たのだろう? お母さんのお腹から? 違うよ。 もっともっと前の、起源的なこと。 ボクは一体何処から来たの? 何のために此処にいるの? どうして、空はボクを嘲笑うかのように広いの? 違うね。 広いのは宇宙だ。 だったら、その宇宙は何処から来たの? 誰がどう創ったの? 例えば、創造主がいたとして。 じゃあ、その創造主は何処から来たの? ボクだって、創造主になれるんだ。 きっとボクの身体の細胞という細胞全てが、きっとボクの体の中では「宇宙」って呼ばれてるから。 だとしたら、ボクだって創造主でしょ? で、ボクが創造主だとしたら、ボクは何処から来たの? きっとボクも誰かの細胞の一部でずっとずっと働いていなきゃいけないんだ。 あそこにいる、無気力な細胞は悪い細胞。 でも影響はないから放っておいて良し。 あの細胞は、悪いコトしてるから除去しないと。 そうなるとだ。警察は白血球? ううん。警察だって悪い奴が居る。 そうするとだ。 ああ、それはガン細胞なんだね。 ああ、いけないよ。こんなコト言ったら警察に捕まっちゃうね。 ボクはまだ悪い細胞じゃないから捕まったら宇宙が困るよ。
*6日目* 宇宙はどうやって出来た? どうしてずっと広がり続けてる? どうしてそれが解る? 宇宙の果てって、本当にある? あってもきっとたどり着けない。 宇宙はとっても広い上、成長も早いんだ。 私達なんかについていける筈がないほど早いんだね。 空を見上げて不安になった。 目に見える星はもうとっくに滅びてしまった惑星達の恒星なんだ。 とっくってどのくらいだと思う? 私には一万光年が、何年なのか解らないからよく分からないけど。 あの星は約十六万光年前の光なんだって。 それって、どのくらい前なんだろう? スケール大きくて不安にならない? 私達はこんなちっぽけな地球の中で威張ってるけど。 本当は何もわかっちゃいないから。 私達は孤独なんだ。地球の側には生命の星がないでしょ? きっと目に見える宇宙のどこかにそれはあるのに。 私達には見えない。 ほら、不安が増してこない? きっと逢えるよ。 きっと、そのうち逢えるから。 だから、寂しくても泣いたらダメ。いつでも私はココにいるから。 きっと、私達の誰かがキミの友達を見つけてくれるから。 もうちょっと我慢してね。 昔聞いたことがある。 海は貴方の涙溜まり。 川は、流れ続ける貴方の涙。 ああ、だったらきっと砂漠は幸せ。 貴方の涙が少ないところなの。
*7日目* なんだか、胸が痛くて仕方なかった。 精神的じゃなくて物理的に。 どんなに痛がっても「ふぅん」ですまされてしまう、ボクの痛みは和らぐことは勿論無くて、痛くて、どうしようもないのに、誰も何も思わない。 人の痛みは分からない。 そう言われた。 だからって、苦しい人を放っといていいのかな? 人がどうであれ、ボクにはそれが出来なくて。 人に望むわけじゃない。 自分がどうかってだけで。 良いことをすれば、いつか自分に戻って来るって、嘘だって解ってるけど。 「情けは人のため為らず」ってことわざでもあるくらいなのに、どうして嘘なんだろう? 別に、いいんだ。 別に何かを望んでいるわけじゃないけど、それが嘘だってコトが少し切ない。 ボクにとっての善行が、人にとってはそうじゃないのかもしれなくて、だから、どうしたらいいか解らない。 こういうの、なんて言うの? もどかしいって言うのかな? もやもやして変な気分。 誰かが言った。 そんなに悩むくらいなら自分だけを信じていればいい。 自分が良いと思えばやればいいし、ダメだと思えばやめればいい。 とりあえず自分が正しいって考えはやめた方が良いんだ。 「正しい」っていうのは不確かだから。 誰が正しいなんて誰にも言えない。 もしかしたら、人を殺してしまった人だって、正しかったのかもしれない。 *8日目* 可哀想な子供達は大人の言うことは絶対だって思わされてるけど、必ずしもそうじゃない。 憤りを感じても言うとおりにするしかない子供達ももうすぐ気づくの。 だけど、大人は考えを否定されるのを嫌う。 私が知ってる大人はそんなんばっかだよ。 子供だってそうだけど。 考えを否定されたらなんだかイライラするかもしれないけど。 「大人にはプライドがあるから、子供を正しいって認めるわけにはいかないんだ」って、大人のお兄ちゃんが笑って言ってた。 誰しもそうだとは言えないけど、なんだか納得してしまった。 そいつはこうも言っていた。 「不必要に子供を縛れるのは大人の特権だ。」 続けてこう言った。 「でも、オレはまだ子供だって言われるけどね。」 そんなお兄ちゃんは確かもうすぐ三十になる頃じゃないだろうか。 大人が怒るときには本当に心配してくれているときと、ストレス発散と、ただ単に、怒鳴り散らして、縛り付けたいタイプと、だいたい3通りある。 親は、前二者が多い。 なんだか先生とかは後者が多い。 どうでも良いことでいちいち怒鳴っていては疲れまいかの。 怒鳴られ慣れてしまった私としては、怒鳴り散らすぶんには勝手にしろといった具合だけど。 怒鳴られ慣れっていうのも、どうかと思うが。 どうでもいいことで怒鳴っていて、疲れはしないのか。 私は、精神的に耳栓してりゃ、どうでもいいんだからいいんだが。 あんまり怒鳴ると血圧上がるよ。 そんな心配、真剣にはしないけど。 どうして、ああも縛り付けたがるかね。 どっか妥協してやりゃいいのに。 まぁ、私は縛り付けられる対象じゃないから、どうだって良いんだけど。 アレに意見をしたって聞いてくれりゃしないし。 怒鳴られ、不機嫌な顔をすると、 「言いたいことがあるなら言ってみろ。」 言ったところで、どうにもなりゃしない。 「口答えするな。」 だったらなんなんだろうね。 「言いたいことがあるなら言ってみろ。」 そりゃ、問答無用で言うこときけ! ッて言いたいんでしょ? だったらそう言えばいい。 こっちとしては、 「嘘ぶっこくな。」 って感じだね。 頭痛くなってきたから、もうどうでもいいや。
*9日目* 眠りたくなってきた。 頭の中がボーっとして、眠くて眠くて仕方なくなってきた。 ベッドに寝ころんでも眠れるわけがなくて、机に突っ伏しても眠れるわけがなくて、ボクはずっとベットに座ってボーっとしていた。 どのくらいこうしているのだろう。 なんだか、どんどん寿命が短くなっているような気がしてくる。 人間はどのくらい睡眠をとらなかったら死んでしまうのだろう。 ボクはどのくらい眠っていないのだろう。 たまにうとうとしているから、完全不眠ではないから、大丈夫なのかな? でも、もうなんだかどうでもいい。 本当にどうでもいい。 眠すぎるとこんなにも無気力なものなのか。 そうなのかもしれない。 睡眠が足りないと、体力がどんどんすり減っていくって。 リアルに解って、なんだか嫌だった。 一日経つ度に、気分が憂鬱になる。 どうしようもなく憂鬱だ。 頭痛もひどくて、何もやる気になれなくて。 誰に何を言われても、頭の中に入ってこない。 ボクは、もうこれで終わりなのだと思った。 本当にこれでお終いだと思った。 だけど。
*10日目* あの日は雨が降っていた。 私には足りない雨だったけど、降らないよりマシだ。 私は真新しい薬の瓶を開くと、手のひらに数錠取り出した。 「一気には飲めないな。」 そう独り言を言って、その数錠を口の中に放り込んだ。 薬は甘いので水は要らない。 そのままかみ砕いて飲みこむ。 なんだか、足りない気がして口に瓶を持っていく。 多分、十数錠口の中に入ってきた。 まだ、瓶の中にはたくさん残っている。 当たり前だ。 瓶の中には360錠もの薬が入っている。 どのくらい経ったのだろう。ようやく、360錠一粒残らず私の胃の中に入った。 この位胃に入れればさすがに命が絶えるだろうと期待した。 なんだか凄く眠くなったが、命絶ゆる自分を感じたかったので、無理矢理自分を起こしていた。 だんだん胃が痛くなってくる。 そろそろ体の中で何かが始まったのだろう。 体の中の細胞が戦っているのを想像しながら命が絶えるのを待っていた。 人は死んだら何処へ行くのだろう? その存在はその意志は消えていくのだろうか? 色々分からないことがあるけど、これだけは私が死んでしまえば分かってしまう。 もちろん、私自身が消えてしまうのなら何もわからないのだが。 消えてしまうのなら、分からなくても良いような気がした。 消える瞬間に何かを確かめられたら・・・とは思ったが。 だが、私の命は絶えることはないようだった。 真夜中の暗闇の中で私はじっと自分の命が絶えるのを待っていたのに。 一向にその様子はない。 外で猫の叫び声が聞こえた。 喧嘩でもしているのだろうか? 山の木が風に吹かれる音が聞こえた。 今日は風が強いようだ。 死ねなくて当然なのだ。 だって、私が飲み込んだ薬たちは整腸剤なのだから。 滑稽で笑えてくる。 私はまだこの世界に未練があるようだ。 もう二度と醒めない眠りよりも眠れない方を選んでしまった。 半実話。半と言うよりほぼ実話。 |